「引き寄せのいらない至上の引き寄せ」
これが、唯一の本当の引き寄せです。
でも、それは本当は引き寄せでも何でもありません。
「引き寄せ」などというものは、本当は存在しないのです。
ですが、ここではあえて、夢の世界の中における「引き寄せ」というものについて、少し考えてみたいと思います。
000〜のお話の中でお伝えした真理を思い出して、一つ一つしっかりと理解しながら読み進めていってください。
本当に起こっていること
この世界は、完全な自動運転で動いています。
そして、そこに個別のパーツというものは存在しません。
例えば、「読書」という概念が表現されるとき、そこにあるのは、
- 「本を読む人」と「読まれる本」ではなく
- 「読書という概念」ただそれだけ
です。
何かをする人も、されるものも一切存在せず、ただ純粋な概念だけが、意識の中の世界に形を持って現れるだけです。
例えば、もし、
「たまたま友達の家に行ったら、ずっと読みたかった本があって、貸してもらえた」
というような出来事があったとき、この世界ではそれを、
「『私が』本を『引き寄せた』」
というふうに解釈したりします。
「何かを食べたいと思っていたら、たまたま、それを売っているお店がすぐ近くにあった」
というようなときにも、
「『私が』その食べ物を『引き寄せた』」
というふうに解釈されたりします。
ですが、実際にそこにあるのは、
「読書や食事という概念の、自然な現れ」
であるだけであり、
「誰かが何かを引き寄せている」
などということは全く起こっていません。
- 「読書」が表現されるためには、読む人と、読まれる本が必要なので、読む人が本を手にすることになる
- 「食事」が表現されるためには、食べる人と、食べられる物が必要なので、食べる人が、食べ物を手にすることになる
ただそれだけのことです。
それは、ごくごく当たり前のことであり、誰も、何も「引き寄せて」などいません。
これが、純粋な真実です。
ですが、別にそれを、
「私が引き寄せた」
と言う人がいても、全く問題はありません。
それはただ、意識の中に浮かび上がっている夢の中の出来事であるだけなので、別にそのままでいいのです。
それが問題になるのは、
「あなたが自分自身を、何かを引き寄せる主体だと思い込んでしまっている場合」
だけです。
引き寄せに必要なもの
あなたが、「引き寄せに奮闘する人」になりきってしまうと、何が問題なのでしょうか?
先を読み進める前に、000〜のお話を少し思い返して、考えてみてください。
「引き寄せる」ということが起こるためには、
- 引き寄せる人と
- 引き寄せられるもの
が必要です。
そして、
「引き寄せる人が、その引き寄せられるべきものを『まだ持っていない』」
ということが必要です。
つまり、引き寄せという概念がそこに表現されるためには、あなたは、
「すべてに満たされた、至福の世界の住人」
であってはいけないのです。
あなたの世界に「引き寄せ」という概念が存在している限り、あなたは自分に、「不足」を課し続けることになるのです。
これが、唯一の問題です。
引き寄せは「すること」ではなく「眺めること」
あなたが見ている、意識の中に浮かび上がった夢の世界の中に、「引き寄せ」というストーリーが浮かび上がっていても、それは何の問題もありません。
そこに、
「自分がこれを引き寄せている」
と思い込んでしまっている、幻想の主体さえ存在しなければ、それはただ、引き寄せという楽しくて幸せなストーリーであるだけです。
その時には、ただ微笑ましく眺めていてください。
ですが、もしあなたが、
- 「何かを引き寄せたい人」や
- 「引き寄せに奮闘する人」や
- 「引き寄せがうまくいかなくて悩んでいる人」
になりきってしまっていたら、000〜のお話をゆっくり読み返して、夢の外に出てください。
夢の世界は、水面に映っている世界です。
その中に入り込んで、引き寄せに奮闘していては、水面はどれほど波立ってしまうか、想像するのは簡単でしょう。
引き寄せは、自然な完璧性の現れの中には、存在しません。
でも、夢の中には存在します。
そして、それは、夢の中に存在していても、別に構わないものです。
ただ、「引き寄せる人」という間違った役になりきることだけを、やめましょう。
「あ、また間違ってなりきってしまっている」
と気づいたら、すぐに夢の世界から出ましょう。
気づくたびにそれを繰り返していれば、そのうち、引き寄せという概念の現れは、とても微笑ましい、幸せなものになっていきます。
そして、最終的には、「引き寄せ」という概念は、自然な完璧性の世界の中に溶け込んで消えていってしまうでしょう。
今日も、ClearでCalmな世界を、ただ静かに見ていてください。
– Clear –





