007|願望の先にあるもの

叶えたい願望を持っている人に、できることは何もありません。

ですが、これは大切な願望を実現させたいと願うあなたを落胆させる言葉ではありません。

 

どうぞ、安心して読み進めていってください。


この世界には、完璧性しか存在しないということを、繰り返しお話ししてきました。

 

そして、この世界は、すべてが完璧に、自動的に展開していく、

「完璧な自動運転の世界」

なのだということもお話ししました。

 

もしそこに、「願望」と呼ばれるようなものが現れたのであれば、この世界には完璧性しか存在しないのですから、それもまた「完璧性そのもの」でしかありえません。

 

そして、すべては完璧に、自動的に流れていくのですから、ただ何もせず、静かに見守っていれば、その願望というものもまた、

「それ自体で完璧に流れ、形を成していく」

以外にないのです。

 

また、簡単な例えでお話ししてみます。

「ごはんを食べたい」が現れる必要性

あなたは、お腹が空いたらどうするでしょうか?

 

お腹が空いて、「ごはんを食べたい」と思ったら、ごはんを食べるでしょう。

  • 自分で料理をするのかもしれないし
  • お店で買ってくるのかもしれないし
  • レストランに食べに行くのかもしれないし

方法はそれぞれですが、とにかく何かを食べるはずです。

 

お腹が空いたら、「ごはんを食べたい」という思考が現れるのは、ごく自然なことです。

そして、その自然に現れた、「何かをしたい」というその思考は、特別な努力をしなくても、ただ自然と形になっていきます。

 

これが、「自然な思考」がたどる、ごく普通の自然な流れです。


では、この「ごはんを食べたい」は何のために現れているのでしょうか?


この世界には、完璧性しか存在しません。

そこに「ごはんを食べたい」が現れるなら、その流れの先に「ごはんを食べる」という出来事が現れるのは、ごくごく自然なことです。

 

ピッチャーがボールを投げなければ、バッターはボールを打つことができません。

ボールを投げることと、ボールを打つことはセットです。

 

同じように、「ごはんを食べたい」が現れなければ、「ごはんを食べる」という出来事が現れることはできません。

ですから、この2つもまたセットです。


もしその先で、「ごはん食べる」という出来事が起こらないのだとしたら、「ごはんを食べたい」が起こる必要があるでしょうか?

 

「何のために」というのは少し正確な表現ではありませんが、あえて説明のために言うならば、「ごはんを食べたい」は、

「『ごはんを食べる』が現れるために」

そのきっかけとして、そこに現れているのです。

 

  • 「ごはんを食べたい」も
  • 「ごはんを食べる」も

ただ、「食事」という概念の完璧な現れの一部であるだけなのです。

 

もし仮に、「ごはんを食べる」というそのままの形がスムーズに現れなかったとしても、完璧なあみだはどの地点も全てが完璧でしかあり得ないのですから、私たちが考えるのとは違う形で、完璧な結果が現れるだけのことです。


では、このことを、あなたが今持っているその願望に置き換えて考えてみてください。

 

あなたのその願望は、「何のために」現れているのでしょうか?

ごく普通の自然な流れを、自然なままにしておいたなら、その先には、何が現れるはずでしょうか?


静かに、ゆっくり考えてみてください。

できれば、そこに「安心」や「幸せ」に似た気持ちが現れるまで、ゆっくり考えてみてください。

なぜ「ごはんを食べたい」を「願望」と呼ばないのか?

多くの人は、

「ごはんを食べたい」

という、日常の、そのごくありふれた思考を「願望」とは呼ばないでしょう。

 

では、あなたはなぜ、「ごはんを食べたい」を「願望」と呼ばないのでしょうか?


それは、

「ごはんを食べられるに決まっているから」

ではないでしょうか。

 

もし、ここが食糧難に苦しむ地域で、何日も何も口にすることができないという状況だったとしたら、

「ごはんを食べたい」

は切実な願望です。

 

「ごはんを食べたい」

は、何とかして叶えたいと「願い」「望み」、必死で叶える方法を探さなければならない、重要な願望になるはずです。


多くの人たちは、

「叶わない可能性があること」

を願望を呼びます。

 

あなたが今持っているその願望もまた、

「叶うに決まっていること」

ではなく、

「叶わないかもしれないこと」や、「叶えるのが難しいけれど、叶ってほしいこと」

であるのでしょう。

 

そうでなければ、引き寄せなどというものの力に頼る必要はありません。


「ごはんを食べたい」と「ごはんを食べる」はセットです。

「願望」などと呼ぶ必要さえない、「そうなるに決まっていること」は、「ただそうなる」という自然な結果とセットです。

 

「願望」は「叶わない可能性」とセットです。

叶うに決まっているのなら、願い望む必要はないので、願い望むことは、叶わない可能性とセットです。


では、ここで、ここまでお話ししてきたことを、少し思い出してみてください。

 

この完璧な世界の流れの中に、「叶わない可能性」というものは、存在するでしょうか?


そこに、「叶わなかったらどうしよう」と、

  • 完璧な世界では起こり得ない、おかしな結果を想像して
  • 完璧な世界には存在し得ない「不安」を作り出しているのは

誰でしょうか?

 

その、「幻想でしかない、起こり得ない結果」を避けるために努力をするのは、一体誰でしょうか?


  • 「こういう努力をすれば、こういう結果が現れるはずだ」
  • 「この願望は、こういう形で叶ってほしい」

と、完璧性そのものの完璧な世界で、勝手な予測をしたり、不要な注文をつけたりする、そのおかしな幻想の存在だけが、唯一の障害です。

 

完璧な世界の流れが、不要な注文をつける幻想の存在の予測や期待に合わせて、歪んだ形に変わるようなことは決して起こりません。


ただ、そこに不要な石を存在させず、完璧性を完璧なままにしておくならば、自然に現れた願望は、

「そうなることになっている通りの、自然で完璧な形で」

叶っていく以外にないのです。


完璧な世界に自然に現れたその自然な思考を、「願望」などと呼んで、叶わない可能性とセットにしてしまっているその幻想の存在から、あなたのその「自然な、大切な思い」を回収しましょう。

その不自然に塗り固められてしまった「願望」を、「ただの自然な思考」に戻して、ただ自然と、完璧に形を成していくに任せましょう。

 

次のページから、そのために、あなたにできることについてお話ししていきます。

>> 008|実在しない歪み


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