冒頭の000からのご案内の中で、
「この世界は完全な無人の自動運転の世界であり、そこには、何かをする『行為者』は一切存在しない」
ということを、簡単な実験を通してご確認いただきました。
今日は、その実験を、日常生活の中でも繰り返し実践していただきやすいよう、改めてまとめてお伝えしたいと思います。
この世界に、「自分の」願望を引き寄せたいと言っている、
「〈私〉=エゴ、自我と呼ばれる行為者」
は、本当に存在しているのかどうか。
それを、目の前で起こった出来事を振り返ることで、「実体験として」しっかりと確認していってください。
例えば、「夕飯にカレーを作って食べる」という出来事が起こったとします。
ただそれだけの出来事の中にも、
- ただ、唯一の源泉から自動的にインプットがやってきて
- 体という媒体が、そのプログラム通りに自動的に反応する
という、単純な出来事の連続があることが、おわかりいただけるはずです。
その概念が表現される媒体である体に、
「夕飯のメニューを決めなければ」
という思考が自然とやってきて、DNAと環境により条件づけされたプログラムによって、
「冷蔵庫の中を見る」
という反応が、自然と起こりました。
「冷蔵庫の中に、にんじんとジャガイモと玉ねぎがある」
という外的な条件に対し、その体のプログラムは、
「カレーを作ろう」
と反応します。
その体には、DNAや環境により、
「辛いものが好き」
というプログラミングがされているので、スパイスをたっぷり入れて、本格的なスパイスカレーを作り、食べました。
「夕飯のメニューを決めなければ」
というインプットの後に、
「自炊は面倒だから、外食にしよう」
という選択肢がやってくれば、外食に行くことになったかもしれませんが、その時、その選択肢はやってきませんでした。
やってこないものを、選ぶことはできません。
私たちは、自分にやってきたもの以外のことは、考慮に入れることさえできないのです。
もし、冷蔵庫にあったものが、
「ナスとトマトとチーズ」
であれば、違うメニューが作られたかもしれませんが、その時そこにあったのは、
「にんじんとジャガイモと玉ねぎ」
でした。
また、その体のプログラミングが、違ったものであれば、
「ハチミツを入れて、甘口のカレーを作ろう」
という反応が起こったかもしれませんが、その体のプログラミングは、そのようにはなっていませんでした。
- やってくる選択肢も
- その時、冷蔵庫にある材料も
- その体の嗜好も
一切、誰のコントロール下にもありません。
「冷蔵庫にその野菜があったのは、自分で選んで買ってきたからだ」
と思われるかもしれませんが、その野菜を買った時にも、同じように、
- 外からのインプットと
- プログラムされた反応
があっただけのことです。
ただ、
- 外側からやってきたインプットに対して
- その体が、反応することになっていた通りに反応する
という出来事の連続が起こっただけであり、そこには、
「何かをコントロールしたり、何かを行ったりする主体」
は、誰も存在していないのです。
さまざまな出来事が起こる、この世界の中には、
「主体であり、行為者である、意志を持った人」
は、誰一人、存在していません。
ただ、インプットが自然とやってきて、媒体である体が反応し、「行為者のいない出来事」だけが自動的に起こっている。
それが、この世界なのです。
ここまでのお話の中では、あえて「あなた」という言葉を使わずにご説明してきました。
それは、この世界の中で何かをしているのは、「あなた」ではないからです。
普段のお話の中では、説明の都合上「あなた」ということもありますが、本当は、世界の中で起きている出来事に「あなた」は一切関わっていないのです。
あなたは、この世界の中にいる行為者ではないのですから、世界の中で何が起こっていても、
- あなたがすべきことは何もないし
- あなたにできることも、何もありません
あなたはただ、外側から見守っているだけです。
ですが、この世界は、あなたの意識の中に存在しているので、
「あなたが、どんな状態で見守っているか」
が、その世界に大きく影響します。
- あなたが、心配しながら見守っていれば、心配な世界が現れ続けます
- あなたが、安心して見守っていられるようになれば、徐々に安心な世界が現れてきます
世界が自動運転であることが確認できたら、あとは、
「どんなふうに、その世界を見守っていたいか」
を選びましょう。
とはいっても、もちろん、「選ぶ」のはあなたではなく、それもまた自動的に起こる出来事の一つであるだけです。
この実践を、毎日、時間を取って欠かさず繰り返していただき、慣れてきたら、
- 思い出すたびに
- できる限り頻繁に
繰り返していってください。
一度確認しても、時間が経てばすぐに忘れて、また行為者意識の幻想の中に戻ってしまいますから、
「とにかく、気がつくたびに確認し続けていく」
ということが重要です。
最初は、なかなか思い出せないかもしれませんが、続けているうちに、自然と、気がつく頻度も増えていきます。
- すぐに忘れてしまっても
- なかなか思い出せなくても
反省や分析をする必要はありません。
反省や分析をすれば、幻想の行為者である〈私〉に「するべき行為」を与え、かえって〈私〉という幻想を深めてしまうことになります。
ですから、何もせず、ただ思い出したそのときに、またすぐに実践する、ということだけを続けていってください。
これを、毎日続けていっていただくことで、
「世界の中には確かに誰もいない」
という確信が深まっていき、〈私〉という幻想の行為者の存在は、徐々に薄れていきます。
プログラム受講者の方は、セッションでお伝えしているメインの実践に専念していただければ十分ですが、
- プログラムが始まったばかりのうちや
- 論理的な確認が必要になった時には
状況に応じて、この実践も活用してください。
この実践によって、あなたが、
「自分を行為者だと勘違いして、世界の中でもがいてしまう」
ということが減ってくるにつれて、世界という映像が映る水面もまた、
「静かで、澄み切った、穏やかな状態」
に戻っていきます。
その時、あなたの目の前には、
「自然と湧き上がる願望が、流れるように自然と形になっていく」
そんな、とても心穏やかな、素晴らしい人生が戻ってくるはずです。
あなたの世界は、今この瞬間も、至福と平安に満ちた、ClearでCalmな世界であり続けています。
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